Category : 散歩・散策
(前回の続き)

鎌倉文学館

高徳院の大仏さまを後にして次に向かったのは、同じく長谷にある鎌倉文学館です。実は今回の鎌倉散策、一番の目的地はココでした。銭洗弁財天や大仏さまと比べて見学客はごくわずかで、とても落ち着いた雰囲気の中で見学することができました。本当に「穴場」といった感じの場所です。

鎌倉文学館
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ここは鎌倉にゆかりのある数多くの作家・文学者に関する資料を展示した施設なのですが、私が是非見てみたかったのは、文学関連の展示物ではなく、実は文学館の建物の方でした。

先日の記事(4/3)で、目黒区駒場にある旧前田侯爵邸、前田家16代当主の前田利為(としなり)が造営した和洋館を紹介しましたが、今回訪れた鎌倉文学館は元々、駒場の本邸建造から数年後に利為が鎌倉長谷にあった前田家の別邸を、全面改築して建てた西洋館でした。先日の前田侯爵邸訪問の後、関連情報をネットで色々と調べていたところ、現在の鎌倉文学館が前田家と関連のある建物だということを初めて知りました。

それから今回、この建物を訪問したかった別の理由がもう1つあります。
今年初め、フジテレビで市原隼人主演のドラマ「カラマーゾフの兄弟」が放送されていました。

カラマーゾフの兄弟(フジテレビ)

毎週、ドラマを見ていたのですが、悪の権化のような父親と、父への憎悪を抱く3人の兄弟が暮らす豪邸として、鎌倉文学館の建物(外観と庭園)がロケ場所として使われていました。ほぼ毎週、邸宅の風景がテレビ画面に映し出されていたこともあって、是非一度、実物の建物を間近で見てみたい、という気持ちもあって今回、念願叶っての訪問となりました。ドラマではカラスが群れる不気味な館という設定でしたが…。

緑に囲まれた石畳の坂道を上がり、正門と受付を通って先に進むと、小さなトンネルがあります。この坂やトンネルも、ドラマの中で3人の兄弟たちが何度も通っていた場所でした。

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さらに坂道を上ってゆくと、その先に文学館の建物がいよいよ見えてきました。初物にお目にかかる瞬間は、いつも胸が高まります。

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まずは文学館の館内の見学から…。南向きに面した明るい部屋、そこから臨める緑の広い庭と、はるか前方に見える海の眺望が最高です。床のモザイク模様や飾り窓の装飾など、館内の随所に華やかなデザインが施されていて、その中でも特に、各部屋の壁にはめ込まれた、様々な色ガラスで構成されたステンドグラスがひと際、目を引きました。

何とも素晴らしい館内の様子ですが、こちらの文学館は館内の写真撮影がNGのため、残念ながら今回は“心のフィルム”に思い出を記録してきました…。ちなみに館内の入口付近に「カラマーゾフの兄弟」のポスターも貼ってありました。


館内の見学を終えたあと、今度は屋外に出て建物の外観をじっくり見学。建物は3階建てで、1階は鉄筋コンクリート造、当時鎌倉の別荘建築物に多用されたタイル貼りの外壁が特徴なのだそうです。2階・3階は木造、張り出しの出窓、半円形の欄間の飾り窓、ベランダの手摺など洋風のデザインが施されていますが、瓦葺の屋根や深い軒(のき)の形状など和風の特徴も見られ“和洋折衷”的な建物です。

まず建物の北側に回って外観を見学。丸窓の飾りが何とも洒落てます。関係者専用の入口の脇には、何やら立派な文字が刻まれた金属板が置かれていました。

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次は開放的な芝生の広がる南側のお庭に出て、建物の正面を鑑賞しました。本当に風格のある、鎌倉の地に相応しい洋館です。

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広い庭の先にはバラ園があり毎年5~6月には「バラ祭り」が開催されるそうです。バラの花が咲き誇る季節に、改めて訪れてみたいものです。そんな気持ちにさせるほど、この館には人を惹き付ける魅力があります。

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ちなみに、文学館に至る石畳の坂道が始まる所に、立派な門構えの大きなお屋敷があります。何気なく表札を見ると「前田」というお名前が…。門の奥には桜の花が満開でした。



鎌倉文学館を後にして次の目的地に向かう道すがら、鎌倉の老舗店「こ寿々」に立ち寄り、名物のわらび餅を頂きました。やはり鎌倉に来たからには、甘味を欠かすことは出来ません。

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鏑木清方記念美術館

最後に向かったのは、鎌倉観光の中心地、観光客でごった返す小町通りを一歩路地に入った場所にある、
鏑木清方記念美術館です。

鏑木清方記念美術館

明治期の日本画家の中でも、特に清方は昔から大好きな画家の1人で、こちらの美術館も初めての訪問となります。かつての自宅を改装した美術館と聞いていたので、かなりこじんまりした美術館なのかな…と勝手に想像していたのですが、天井の高い展示スペース以外にも、映像ブースや庭に面した休憩スペース、それに清方が利用していた画室などもあって、十分に清方の芸術を堪能しました。かなり以前、展覧会で見て印象に残った「嫁ぐ人」「一葉女史の墓」などの作品も、久しぶりに鑑賞することができました。

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美術館を鑑賞し終え、鎌倉駅に向かう小町通りの雑貨店で、ある商品を見つけてお土産に買いました。
「モヤモヤ~」としたあの番組を見ている方なら、きっとご存じですよね?

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本当に見所の多い鎌倉、季節の良い時期にまた改めて訪れてみたいと思います。

4月の初め、古都・鎌倉をぶらりと散策してきました。同じ神奈川県内に住んでいるにも関わらず、東京に近い港北ニュータウンで生活する私にとって、小1時間かけて鎌倉に行くのは“小旅行”といった感じで、これまで足を運ぶ機会がありませんでした。このブログを開始する直前、半年ほど前に、十数年ぶりに鶴岡八幡宮を中心に散策したのですが、今回はその時に見学できなかった箇所を中心に見て廻りました。

銭洗弁財天宇賀福神社

鎌倉の名所旧跡の中でも、特に金運にご利益があるということで老若男女問わず、非常に人気のある場所ですが、今回が初めての訪問となります。急な坂道を上った所に、社名を刻んだ立派な石板と鳥居があります。真っ暗な手掘りのトンネルを進んだ先に境内があります。何とも雰囲気があります。

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中に入ると鳥居が並び立ち、それほど広くない敷地内にかなり多くの参拝者がいて、境内は熱気にあふれていました。

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社務所で受付をしてローソクとザル(お金を洗う時に使う)をもらい、まずは本社の宇賀福神社で参拝を済ませます。押すな押すなの混雑ぶりです。

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その後、社のすぐ横にある、奥宮とよばれる洞窟に入り、そこに祀られている宇賀神・弁財天へお参りしたあと、銭洗いを行います。ザルにお金を入れて湧水の清水で洗いますが、今回は千円札を洗いました。どうか金運が上昇しますように…。

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境内には他にも小さな神社が幾つかあり、そちらも併せて参拝しました。小さな滝が流れ落ちる池の水がとても澄んでいて、沢山の鯉たちが優雅に泳いでいました。

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銭洗弁財天に祀られている宇賀神ですが、「宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)」に由来するものとされ、その姿はとぐろを巻く蛇の体に、老人や女性の頭を持つという、異形の神様として知られています。仏教の弁財天と神仏習合して「宇賀弁財天」とも呼ばれるようになりますが、今回、境内を何気なく歩いていると、ある石版を見つけました。これぞ、宇賀弁財天の姿を表したものですね。他の神社では、なかなか見る機会のない代物ですが、ほとんどの参拝者の人たちは全く目にも留めない様子でした。

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鎌倉大仏高徳院

銭洗弁財天から歩いて20分少々の距離ということもあり今回、十数年ぶりに大仏さまのお姿を拝みに行きました。それにしても先ほどの弁財天とは違い、こちらは見学客の7~8割が外国人の観光客で、さすが鎌倉随一の観光名所だと実感しました。そういえば受付で入場券を買う際にも、女性の係員に「one(1人)?
と英語で尋ねられ、一瞬、返答に窮してしまいました。

高徳院は浄土宗の寺院、大仏は銅製の阿弥陀如来坐像で勿論、国宝に指定されています。後世の補修が多い奈良・東大寺の大仏に比べて、ほぼ造像当初の姿を保っています。かつては大仏を覆う大仏殿が建てられ、室町時代に発生した地震と津波の影響で倒壊したと伝えられえいますが(=私もその認識でいましたが)、実際のところ、地震が発生する以前から、すでに大仏が露地の状態だったという記録が残っているそうです。鎌倉大仏を巡る歴史に関しては、意外にも不明な点が多いのだそうです。

大仏様のお姿です。やや猫背気味ではありますが、堂々とした風格が感じられます。

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今回、初めて大仏様の内部を見学しました。階段を降りて薄暗い胎内へ。頭と胴体をつなぐ首の部分(茶色の丸い部分)は、頭の重さを支えるために強化プラスチックで補強されているそうです。大仏さまの背中にあった明りとりの扉も、中から見たらこんな感じでした…。

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高徳院の大仏さまをゆっくり見学した後、今回の鎌倉散策の一番の目的地へと向かいましたが、少々長くなりますので、続きは次回ということで。

観光客でごった返す浅草を後にして、次に訪れたのは上野です。実は上野公園内にも、サイキック小林世征さんが紹介するパワースポットがいくつかあるのですが、それに関連して上野公園の事を色々と調べてみると、ここ上野も浅草と同様、本当に奥の深い場所だということが見えてきました。上野公園の散策の様子については、また機会を改めて紹介できればと思います。

今回は、上野公園を散策した後に訪れた、国立科学博物館の見学の様子を紹介したいと思います。

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科博を見学するのは5~6年ぶりになります。今回の訪問の目的は2つ。1つは、企画展として開催中の「植物学者 牧野富太郎の足跡と今」展の見学、そしてもう1つは、以前の記事(1/20)で紹介した、
小川三知(おがわさんち)の現存するステンドグラスを鑑賞するためです。

まずは牧野富太郎展から…。植物学など自然科学系にはめっぽう疎い私なのですが、牧野博士については数年前、ある事がきっかけで博士の業績や人物像を知ることとなり、今回、企画展が上野で開催されていると知り、訪問した次第です。

植物学者 牧野富太郎の足跡と今

企画展の会場内部は撮影NGのため、写真を紹介できないのが残念ですが、牧野博士が残した貴重な資料や標本などが多数展示されていて、博士の業績の一端を垣間見ることができます。その中でも特に目を奪われたのが、博士本人が描いた植物画の数々です。

私自身、美術館などで、植物を描いた細密な絵画を鑑賞する機会も多いのですが、牧野博士の描く植物画は、本職の画家にも引けを取らないほどの描写力で、その緻密さに圧倒されました。「天は二物を与えず」と言いますが、牧野博士は間違いなく二物、三物を持ち合わせた、本当に稀有な学者だったと思われます。

とはいえ“象牙の塔”に閉じ籠るような、お高くとまった博士ではなく、植物に関する教育普及のため全国を巡って、多くの人たちと直接触れ合ったそうで、その人柄の良さが伺われます。また博士は皇室とも関係が深く、皇居へ参内して昭和天皇に植物学をご進講されたそうで、その後、博士が病気で重体になった時、昭和天皇からお見舞いとしてアイスクリームが届けられた、という心温まるエピソードも紹介されていました。

今回の企画展の中でも、個人的に最も心を打たれたのが、ある1つのパネルに展示してあった文章です。
それは牧野博士が若い頃、植物学者としての心構えをまとめた「赭鞭一撻(しゃべんいったつ)」という15項目の文章です。改めてネットで調べたところ、この「赭鞭一撻」の内容をまとめたサイトがありました。

赭鞭一撻

これだけの心得を、二十歳そこそこの若者が書いたとは…、並大抵の人物ではありません。40代半ばを過ぎた私自身、身につまされる項目が多々ありますが、特に最後の15項目目(造物主あるを信ずるなかれ)は、深淵の域に達したかのような言葉です。この博士の言葉に出会えただけでも、今回の企画展に足を運んだだけの甲斐がありました


そういえば先ほど、数年前にある事がきっかけで牧野博士のことを知った…と書きました。

2010年、その年はNHK大河ドラマで「龍馬伝」が放送されていました。

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その年の夏に妻と四国旅行に行った際、龍馬ブームにあやかって、私たちも高知を訪問しました。右を見ても、左を見ても、龍馬一色というほどの盛況ぶりでした。高知市内の名所を巡った際、市内の近郊に大きな植物園があることを知り、天気が良かったこともあって訪れてみました。そこが高知県立牧野植物園だったのです。

高知県立牧野植物園

入園してみてビックリ…。広大な敷地に咲く花々や、南国を思わせる巨大な温室、それに建築家の内藤廣氏が設計した「牧野富太郎記念館」のフォルムの美しさ、どれを取っても、私が今までに訪れた国内の植物園の中でも、断トツの素晴らしさでした。そこで初めて、高知出身の牧野博士という偉大な植物学者の存在を初めて知った次第です。以下は、その時の写真です。

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牧野植物園を見終えた後に、桂浜に行って坂本龍馬の像を見学する予定だったのですが、植物園のあまりの素晴らしさに写真を大量に撮影してしまい、桂浜に着いた時には、デジカメのバッテリの残量がギリギリの状況でした。桂浜では3枚しか写真が撮れず、最後の最後で坂本龍馬の像を撮影できた時は、本当に冷や汗ものでした…。こちらがその時の写真です。

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話しが横道に逸れましたが、そんなこんなで高知旅行の際に、はからずも牧野博士の存在を知り、今回、改めて上野で博士の業績を見直すことができました。博士はかつて、東京の練馬に住居を構えていたことから現在、練馬区立牧野記念庭園があるとのこと。練馬区といえば、私が通った高校がある場所でもあります。
昔の思い出を振り返りつつ、そちらの庭園もいずれ訪問してみたいと思います。
(続く)

喫茶店で休憩した後、そこから少し歩いた先に坂道があり、しばらく坂を上った所に「指月殿」があります。鎌倉二代将軍の源頼家の冥福を祈って、母の北条政子が建立した経堂で、伊豆最古の木造建築だそうです。お堂の中を覗くと、立派な釈迦如来像と仁王像が安置されています。指月殿のすぐ傍にある高台には、源頼家の墓もありました。父である頼朝亡き後、頼家は北条氏との権力闘争に敗れ、幽閉されたここ修善寺の地で暗殺されました。何とも悲しい宿命を背負った人物です。

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次に向かったのは、修禅寺の町中にある「とっこの湯公園」です。ここには「弘法の湯」があったり、「湯掛け稚児大師像」がありました。稚児の像にお湯を掛けると病気が治癒されるそうで、願いを込めながらお湯を掛けさせてもらいました。

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公園を後にして最後に向かった場所は、修禅寺のほど近くに鎮座する「日枝神社」です。この神社もやはり、弘法大師が建立に関わり、もとは修禅寺の山王社(鎮守)だったそうですが、明治時代の神仏分離令によって日枝神社として分かれたそうです。御祭神は神社の名前が示す通り、比叡山延暦寺の山王社、日吉大社の御祭神である大山咋神(おおやまくいのかみ)です。

この神社を訪れるのは今回が初めてだったのですが、鳥居をくぐるなり、境内にある数多くの巨木に圧倒されました。巨木に囲まれるように建つ社も、風格のある立派な造りでした。観光客の多い他の修善寺の名所と比べても、この場所は明らかに空気感が違う、何とも荘厳な雰囲気が漂っていました。

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それにつけても修善寺は、弘法大師(空海)に由来する場所が多くあることを、改めて認識しました。私の実家の宗派は真言宗ではないのですが、大学を卒業するまで親と暮らしていた東京足立区の実家の近くに、関東三大師の一つ「西新井大師」がありました。

西新井大師

日頃からお大師様を訪れることも多く、昔から弘法大師の存在を身近に感じていたこともあって、修善寺の街を歩いて、どこか懐かしいような感覚を覚えました。
そういえば、このブログを書いていて、私の地元の「西新井」という地名が、弘法大師に由来していることを思い出しました。

かつてこの地を訪れた弘法大師が、当時、疫病に苦しんでいた村人達を救うため、自ら観音像を造り祈祷を行なったところ、枯れ井戸から清らかな水が湧き出して病はたちまち平癒し、その井戸がお堂の西側にあったことから「西新井」の地名が付いた、という伝説です。先ほど紹介した「独鈷の湯」の由来と、全く同じようなエピソードです。これも何かの偶然なのでしょうか…。

冬晴れの中、修善寺の素晴らしさを存分に満喫することができた一日でした。
帰途、伊豆箱根鉄道の車窓から見えた雪を被る富士山の雄姿が、とても印象的でした。
修善寺の温泉宿に宿泊した翌日、早朝から修善寺の街中を、妻と一緒に散策しました。伊豆の小京都、最近はミシュラン・グリーンガイド・ジャポンで2つ星(★★)を獲得して、外国人の観光客も増えているそうです。冬の朝、凛と張り詰めた空気の中を散策するのは、気持ちの良いものです。まず一番最初に向かったのは、修善寺の中心にある「修禅寺」です。

修禅寺

9世紀初め、弘法大師(空海)の創建とされ、真言宗・臨済宗を経て、現在は曹洞宗の寺院とのこと。過去に何度か来たことがあるお寺ですが、いつもサラッとお参りする程度で印象に残っていなかったこともあり、今回は時間をかけてゆっくりと境内を観て回りました。境内の水屋(参拝前に手を清める場所)では、何と温泉の湯が使われています。山懐に抱かれるように建つ、立派なお堂が印象的です。

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次に向かったのは、桂川(修善寺川)の川中にある「独鈷の湯(とっこのゆ)」です。
かつてこの地を訪れた弘法大師が、桂川の冷たい水で父の体を洗う少年を見つけ、その孝行ぶりに感心して「川の水では冷たかろう…」と、自分の持っていた独鈷杵(とっこしょう)という密教の法具を川中の岩に打ちつけ、霊泉を湧出させたという伝説が残る、修善寺温泉の発祥の場所です。

今は見学しかできませんが、20年以上前、私が初めて修善寺に来た当時は、独鈷の湯は普通に入浴できる公共の露天風呂でした。街のど真ん中にあるので、かなり勇気がないと入浴できない状況でした。あの当時、無理をしてでも入っていれば…と思ったりもします。

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ちなみに独鈷の湯のすぐ上に、独鈷を模したかなり大きな像が置かれていました。こんな感じです…。

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独鈷の湯から、桂川沿いに遊歩道が整備されていて、川の流れに耳を澄ませながら歩を進めると、朱色が鮮やかな「桂橋」が見えてきます。桂川に掛かる5本の橋の中でも、周囲の景観に溶け込んだ一番美しい橋です。

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橋を越えると、いよいよ修善寺の観光名所の一つ「竹林の小径(こみち)」に入ります。まだ時間帯が早く、観光客もそれほど多くいなかったこともあって、落ち着いた雰囲気の中で、竹林の間をそぞろ歩きしました。

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竹林の小径を歩いた後、裏通りをぶらぶら散策していたところ、とあるお店を発見しました。「モヤモヤ~」っとしたテレビ番組で以前、この喫茶店が紹介されていたのを、妻が思い出したのです。元獣医のご主人が経営する喫茶店で、店先では可愛いワンちゃんが飼われていました。ここでちょっとコーヒーブレイクしました。(続く)

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