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先日、世田谷の五島美術館で開催中の「時代の美/第3部 桃山・江戸編」展に行ってきました。昨年秋までリニューアル工事をしていたこともあり、かなり久しぶりの訪問となりました。すでに昨年秋から、第1部(奈良・平安編)、第2部(鎌倉・室町編)が開かれていたのですが、中世以前の作品はやや馴染が薄いこともあってパスしたのですが、今回、第3部の桃山・江戸期は、興味のある作品が数多く展示されていることもあって、閑静な住宅街が広がる上野毛に足を運んできました。

五島美術館

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当日は「琳派の造形」というテーマの講演会にも参加してきました。琳派については、本当に基礎的な知識しかなかったのですが、琳派に関連する人物たちの系統を年代順に分かりやすく解説してくれたり、「琳派」という名称が実はかなり新しい時代(昭和40年代)に定着した呼称であるなど、参考になる話しが盛り沢山でした。

江戸の代表的な陶工として尾形乾山が有名ですが、「乾山」とは本名ではなく“ブランド名”だったそうで、京都の北西の方角(=乾:いぬい)の山に窯を開いて作陶したことから「乾山」という号を名乗ったということも、今回の講演で初めて知りました。

ちなみに講演の冒頭、五島美術館の成り立ちについても解説があったのですが、創立者の五島慶太(東急電鉄の経営者)は、美術館が開館する前年に亡くなっていたとのこと。さぞかし心残りだったことでしょう…。

今回の展示作品は、上記のサイトに詳細が掲載されていますが、絵画ではやはり、俵屋宗達や尾形光琳など装飾性に富んだ作品に惹かれました。また、織田信長・豊臣秀吉・明智光秀・千利休など、戦国史上の超大物の書状がズラリと展示されていました。他の私設の美術館では、そうそうお目に掛かれない光景です。私の好きな戦国武将、加藤清正の肖像画にも会うことができました。

以前の記事でも書いたように、「へうげもの」を見るようになって以降、茶の歴史や茶器(焼き物)に興味を持つようになったこともあり、今回の展覧会では茶器や焼き物について、じっくり時間を掛けて鑑賞してきました。その中でも特に、多くの樂茶碗(らくじゃわん)の名品を、実際に間近で鑑賞できたのは貴重な経験でした。

今年の初め、NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」という番組で、第15代の樂吉左衛門(らくきちざえもん)さんが取り上げられていました。今年に入ってから私が見たテレビ番組の中で、クオリティーの高さでは断トツの内容でした

プロフェッショナル 仕事の流儀

その番組で見聞した知識の確認も兼ねて、今回の展覧会では、長次郎・常慶・道入や光悦など、桃山から江戸初期の樂茶碗の数々を鑑賞してきました。私自身、今まで樂焼に関する知識と言えば、京都の焼き物の一つで、千利休と関係があった歴史のある焼き物、という程度の認識しかなかったのですが、今回の番組で、樂焼の歴史、400年続く樂家の家系、現在活躍する樂吉左衛門さんの人物像など、その一端を垣間見ることができました。

吉左衛門さんは東京藝術大学で彫刻を学び、ローマにも留学した経験があるそうで、私が想像していたイメージ(=いわゆる昔ながらの職人肌の人)とあまりにギャップがありすぎて、正直、驚いてしまいました。

自らの作品に対して、土が本来持っている「自然の美」を追及するか、自分の思いを形として表現する「作意の美」を追及するか、その間を行きつ戻りつしているという、という吉左衛門さんの言葉が、何とも印象的でした。還暦を超えた今なお、挑戦的に作品を造り続ける姿勢には、本当に感服してしまいました。

そんなこんなで、今回の五島美術館の展覧会は、事前に見た番組や講演会なども手伝って、収穫の多い展覧会でした。ちなみに美術館のミュージアムショップでは、パンフレットの他にも、茶の湯の歴史や茶器に関する書籍が充実していたので、思わず数冊、購入してきました。まだまだ学びたいことが沢山あります。

今年の3月には美術館内の庭園の工事が終了するそうなので、春になったら、新しい庭園の散策も兼ねて再訪したいと思います。まだ未定ですが今後、京都に旅行へ行く機会があったら樂美術館にも是非、立ち寄ってみたいと思います。

樂美術館
先日、妻と一緒に新宿に買い物に出かけました。新宿へは久しぶりの訪問となります。まず最初に南口の高島屋に行って昼食、広い店内をひと通り回ったあと、伊勢丹に向かいました。高島屋とは違い、アール・デコ様式を基調としたクラシックな外観を保つ伊勢丹の建物は、やはり風格が違います。

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そんな伊勢丹の中に、実は以前から気になっていた場所がありました。
そこは屋上フロアです。

デパートや百貨店の屋上は大抵、どこも見晴らしが良く開放的な空間が広がっていて、かなり穴場的な場所と言えます。私自身、新宿伊勢丹には何度も来たことがあったのですが、屋上に上がったことは一度もありませんでした。何やら、その屋上には神社が祀られているとの情報も聞いていたので、「これはお参りするしかない…」ということで、買い物も早々に切り上げてエレベータで屋上に向かいました。

緑の芝生や散策道が整備された開放的なスペースが広がり、新宿の高層ビルもハッキリと見渡せる眺めの良い屋上でした。ただ、数日前に都心に降った雪がまだかなり残っていて、職員らしき人たちが、せっせと雪掻きをしていました。本当にご苦労様です…。戸外はまだまだ寒く、屋上を散策する買い物客はごくわずかでした。

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広い屋上の片隅に、木々で覆われた小さな日本庭園風の一画があります。まず目に入って来るのは、台座の上に据えられた和服姿の男性の胸像です。

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そばに寄って見てみると「店祖 小菅丹治翁像」とありました。たしか伊勢丹の社名は、創業者の名前に因んでいた…という事は、うっすらと記憶してたのですが今回、改めてその名前を知りました。“店祖”という表現も老舗ならではといった感じです。

丹治翁の胸像から少し離れた所に、小さな祠が建っています。朝日弁財天です。

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弁財天の由来を記した立て看板によると、かつて神田にあった伊勢丹が現在の新宿の場所に移転する際、ある僧侶が、市ヶ谷にあった霊験あらたかな朝日弁財天を伊勢丹の守護神として祀るよう勧められ、昭和8年の新宿進出とともに本館の屋上に祀られたそうで、また火伏の神様、商売の神様とも言われているそうです。今回、弁財天様にしっかりとお参りさせて頂きました。丹治翁にあやかりたいものです…。

屋上をひと通り見て廻ったあと、昇ってきたエレベーターは使わず、そこから少し離れた場所にある階段を使って7階に下りようと思い、階段の踊り場に向かったところ、とても立派なステンドグラスが、いきなり目に飛び込んできました

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美しい花々やトンボの意匠が施された、装飾性の高いデザインのステンドグラスが、階段の上の壁一面に広がっていました。見るからにレトロな雰囲気が漂う年代物です。多くの買い物客の眼に触れることがなさそうな館内の一画に、こんな素敵な代物(しろもの)が残っているとは…、何とも勿体ない気がしました。

帰宅後、改めて新宿伊勢丹の歴史をネットで色々と調べていたところ、この美しいステンドグラスの作者が
小川三知(さんち)という人物だと知りました。以前にどこかで聞き覚えのある名前だったので、改めて調べてみてみました。

小川三知(wikipedia)

彼の代表作の数々を見て、よくやく思い出しました。この「サトセイのブログ」を開始する以前、昨年の4月に文京区音羽の鳩山会館を訪れる機会がありました。綺麗に保存された西洋館の内部に、美しいステンドグラスが随所に施されていて、とても印象深かった記憶があります。その作者が、小川三知だったのです。

鳩山会館
その時に撮影した写真がこちらです。

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もしかすると、私が今までに訪れた近代建築の中で、他に小川三知の作品が残っている場所がないかどうか、ネット上でさらに詳しく調べてみたところ、鎌倉鶴岡八幡宮内の「鎌倉国宝館」に、彼の作品が現存することがわかりました。

鎌倉国宝館

こちらも昨年8月、妻と一緒に参詣しに行ったばかりで、国宝館にも入館しました。ステンドグラスを見た記憶が定かではなかったので、その時に撮った写真を改めて確認してみたところ……見つけました。国宝館の入口の扉に、星と三日月をモチーフにした作品がありました。

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今回、伊勢丹の屋上を訪れたことで、何とも予期しない展開が色々とありました。これはもしかすると朝日弁財天のお蔭なのかも…。上野の国立科学博物館に、三知の大作が現存しているそうなので、今度上野に行く折には是非、実物を見に行きたいと思います。
先週末、東京国立近代美術館(MOMAT)の「美術にぶるっ!ベストセレクション 日本近代美術の100年」展に行ってきました。

美術にぶるっ!
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今回は開館60周年記念、所蔵する重要文化財13点を含む名作の数々を一堂に公開する展覧会ということもあり、約1年半ぶりに皇居のお濠沿い、竹橋に向かいました。会期終了日の数日前の訪問だったため、かなり混雑しているかも…と心配していたのですが、それほどの人出でなく一安心、館内ではどの作品も間近でじっくり鑑賞することができました。ちなみに、いつものように「ぶらぶら美術・博物館」を観て、事前に作品の予習をして行きました。

ぶらぶら美術・博物館

これまで企画展や常設展などを通じて、近代美術館所蔵の大抵の作品は何かしらの機会に見た憶えがあるのですが、全くの初見の作品も幾つかありました。また今回の展覧会では、写真撮影が可能な作品も数多くありました。過去の記憶を振り返るに、私が近代美術館を初めて訪問したのは20年以上前、古賀春江の展覧会を観に行ったのがきっかけでした。今回も、古賀の代表作「」が展示されていました。

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今回の展覧会では、美術や歴史の教科書などに載っている、誰もが一度は見たことのある有名な作品が多数、展示されているのですが、私自身としては、教科書とは別なモノを通じて、数々の作品に触れる機会がありました。私のように40歳代以上の男性であれば、子どもの頃に切手収集を趣味にしていた人も多かったと思います。発売された記念切手の多くに、日本近代の美術作品が取り上げられていたこともあって、切手を通じて、有名な作品と画家たちの名前を、小学・中学生の頃から目にしていた記憶があります。狩野芳崖、速水御舟、安井曽太郎、黒田清輝、青木繁、上村松園、竹内栖鳳、菱田春草、荻原守衛、万鉄五郎などなど…。今から考えると、何とも大人じみた子供でした。

今回の展覧会で特に印象に残った作品を、順不同で3点ほど挙げてみたいと思います。

和田三造「南風」
日本初の官展(第一回文部省美術展覧会)で最高賞を受賞した作品です。和田本人が19歳の時、伊豆の沖合で経験した遭難をモチーフに描かれているそうです。洋上の眩しい陽射し、中央に立ち海風を受ける青年の体躯、そして和田とおぼしき少年の不安げな表情などがドラマチックに描かれており、何とも臨場感に溢れた絵画と言えます。
和田三造というと、私は青木繁を思い出してしまいます。東京美術学校時代、青木がその実力を認めていた数少ない同級生の1人が和田だったそうです。和田は日本洋画壇の重鎮になった一方、青木は放浪の末、28歳の若さで病死。2人の洋画家が辿った対照的な人生、こちらも何ともドラマチックです。

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靉光「眼のある風景」
靉光(あいみつ)こと靉川光郎(あいかわみつろう)の作品です。「ぶらぶら美術・博物館」でこの作品が紹介されていたのを見て、直感的に惹き付けられました。何とも表現し難い雲のような塊の奥から、鋭い眼光が観る者を睨みつけています。シュールレアリズムの影響を受けた、謎に満ちた画風です。展示されていた実物の作品も、やはり圧倒的な迫力があり、これこそ感覚的に「ぶるっ!」と来る作品でした。
昭和初期の洋画家、38歳で戦地で病死し、出身地の広島にあった作品は原爆で消失、今に残る作品は多くないそうです。惜しまれる画家の1人です。

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横山大観「生々流転」
昨年11月に書いた山陰旅行の記事で、足立美術館で横山大観の大作に感動した話しを書きました。溢れんばかりの色彩豊かな超大作でしたが、今回展示されていた「生々流転」は、それとは対極にある、墨の濃淡だけで自然の流れを表現した、まさに「幽玄の世界」といった風情の超大作でした。昨年、NHK・Eテレで放送されていた「日曜美術館」で、横山大観がこの作品に並々ならぬ思いを投入したエピソードが紹介されていました。匠たちの技なくしては、この作品は生まれなかったことでしょう。大観が心血を注いで完成させた代表作、まさに圧巻の一大絵巻物でした。

横山大観「生々流転」
日曜美術館 横山大観を支えた匠たち

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ちなみに今回の展覧会では、開催前に展示作品の人気投票が行われたそうで、洋画・日本画など各ジャンルごとに順位結果が発表されています。私のセレクトは、大きくは外れていない様でした。靉光の洋画第5位は正直、ビックリでした…。

作品人気投票

今回の展覧会に併せて、美術館の館内のレイアウトもリニューアルされました。4Fにあった休憩室も「眺めのよい部屋」という名前になっていました。ここは、広い窓から皇居のお濠や高層ビル群を見渡せるベストスポットです。

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今回の企画展は、日本の近代美術を代表する作品がズラリと並んだ、まさに4番打者揃いの展覧会でした。
喫茶店で休憩した後、そこから少し歩いた先に坂道があり、しばらく坂を上った所に「指月殿」があります。鎌倉二代将軍の源頼家の冥福を祈って、母の北条政子が建立した経堂で、伊豆最古の木造建築だそうです。お堂の中を覗くと、立派な釈迦如来像と仁王像が安置されています。指月殿のすぐ傍にある高台には、源頼家の墓もありました。父である頼朝亡き後、頼家は北条氏との権力闘争に敗れ、幽閉されたここ修善寺の地で暗殺されました。何とも悲しい宿命を背負った人物です。

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次に向かったのは、修禅寺の町中にある「とっこの湯公園」です。ここには「弘法の湯」があったり、「湯掛け稚児大師像」がありました。稚児の像にお湯を掛けると病気が治癒されるそうで、願いを込めながらお湯を掛けさせてもらいました。

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公園を後にして最後に向かった場所は、修禅寺のほど近くに鎮座する「日枝神社」です。この神社もやはり、弘法大師が建立に関わり、もとは修禅寺の山王社(鎮守)だったそうですが、明治時代の神仏分離令によって日枝神社として分かれたそうです。御祭神は神社の名前が示す通り、比叡山延暦寺の山王社、日吉大社の御祭神である大山咋神(おおやまくいのかみ)です。

この神社を訪れるのは今回が初めてだったのですが、鳥居をくぐるなり、境内にある数多くの巨木に圧倒されました。巨木に囲まれるように建つ社も、風格のある立派な造りでした。観光客の多い他の修善寺の名所と比べても、この場所は明らかに空気感が違う、何とも荘厳な雰囲気が漂っていました。

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それにつけても修善寺は、弘法大師(空海)に由来する場所が多くあることを、改めて認識しました。私の実家の宗派は真言宗ではないのですが、大学を卒業するまで親と暮らしていた東京足立区の実家の近くに、関東三大師の一つ「西新井大師」がありました。

西新井大師

日頃からお大師様を訪れることも多く、昔から弘法大師の存在を身近に感じていたこともあって、修善寺の街を歩いて、どこか懐かしいような感覚を覚えました。
そういえば、このブログを書いていて、私の地元の「西新井」という地名が、弘法大師に由来していることを思い出しました。

かつてこの地を訪れた弘法大師が、当時、疫病に苦しんでいた村人達を救うため、自ら観音像を造り祈祷を行なったところ、枯れ井戸から清らかな水が湧き出して病はたちまち平癒し、その井戸がお堂の西側にあったことから「西新井」の地名が付いた、という伝説です。先ほど紹介した「独鈷の湯」の由来と、全く同じようなエピソードです。これも何かの偶然なのでしょうか…。

冬晴れの中、修善寺の素晴らしさを存分に満喫することができた一日でした。
帰途、伊豆箱根鉄道の車窓から見えた雪を被る富士山の雄姿が、とても印象的でした。
修善寺の温泉宿に宿泊した翌日、早朝から修善寺の街中を、妻と一緒に散策しました。伊豆の小京都、最近はミシュラン・グリーンガイド・ジャポンで2つ星(★★)を獲得して、外国人の観光客も増えているそうです。冬の朝、凛と張り詰めた空気の中を散策するのは、気持ちの良いものです。まず一番最初に向かったのは、修善寺の中心にある「修禅寺」です。

修禅寺

9世紀初め、弘法大師(空海)の創建とされ、真言宗・臨済宗を経て、現在は曹洞宗の寺院とのこと。過去に何度か来たことがあるお寺ですが、いつもサラッとお参りする程度で印象に残っていなかったこともあり、今回は時間をかけてゆっくりと境内を観て回りました。境内の水屋(参拝前に手を清める場所)では、何と温泉の湯が使われています。山懐に抱かれるように建つ、立派なお堂が印象的です。

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次に向かったのは、桂川(修善寺川)の川中にある「独鈷の湯(とっこのゆ)」です。
かつてこの地を訪れた弘法大師が、桂川の冷たい水で父の体を洗う少年を見つけ、その孝行ぶりに感心して「川の水では冷たかろう…」と、自分の持っていた独鈷杵(とっこしょう)という密教の法具を川中の岩に打ちつけ、霊泉を湧出させたという伝説が残る、修善寺温泉の発祥の場所です。

今は見学しかできませんが、20年以上前、私が初めて修善寺に来た当時は、独鈷の湯は普通に入浴できる公共の露天風呂でした。街のど真ん中にあるので、かなり勇気がないと入浴できない状況でした。あの当時、無理をしてでも入っていれば…と思ったりもします。

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ちなみに独鈷の湯のすぐ上に、独鈷を模したかなり大きな像が置かれていました。こんな感じです…。

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独鈷の湯から、桂川沿いに遊歩道が整備されていて、川の流れに耳を澄ませながら歩を進めると、朱色が鮮やかな「桂橋」が見えてきます。桂川に掛かる5本の橋の中でも、周囲の景観に溶け込んだ一番美しい橋です。

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橋を越えると、いよいよ修善寺の観光名所の一つ「竹林の小径(こみち)」に入ります。まだ時間帯が早く、観光客もそれほど多くいなかったこともあって、落ち着いた雰囲気の中で、竹林の間をそぞろ歩きしました。

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竹林の小径を歩いた後、裏通りをぶらぶら散策していたところ、とあるお店を発見しました。「モヤモヤ~」っとしたテレビ番組で以前、この喫茶店が紹介されていたのを、妻が思い出したのです。元獣医のご主人が経営する喫茶店で、店先では可愛いワンちゃんが飼われていました。ここでちょっとコーヒーブレイクしました。(続く)

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浅間神社で参拝を済ませた後、まだ時間もかなりあったので、すぐ近くにある三島市民の憩いの場、「楽寿園」に向かいました。

楽寿園

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上記のサイトでも紹介されているように楽寿園は、明治維新で活躍した小松宮彰仁(こまつのみやあきひと)親王が、明治時代半ばに造営した別邸がそのルーツなのだそうです。小松宮…と言うと昨年の10月、東京国立博物館の「大出雲展」を観に行った折、周辺の上野公園を散策した際に小松宮親王の騎馬の銅像があり、写真に撮っていたことを思い出しました。下が、その時に撮った銅像と略歴の写真です。

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小松宮彰仁親王は明治維新の功労者で、鳥羽伏見の戦いでは征東大将軍、会津征討では越後口総督として官軍を率いたそうです。今更ながら、このような歴史上の重要人物が楽寿園に関わっていたとは…知りませんでした。

話しを元に戻して…私が20年以上前、初めて楽寿園を訪れた時には、園内の池もまだ湧水で満ちていた記憶があるのですが、その後しばらくして、市街の開発や工場用水の利用などの影響で、湧水の量が減り、景観も大分変わってしまいました。とはいえ、緑豊かな広い園内をゆっくりと散策するのは、やはり気持ちが良いものです。

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今回、久しぶりに楽寿園を訪問してビックリしたのは、園内で飼育されている動物の種類が格段に増えていたことです。レッサーパンダ、ワラビー、カピバラetc. 

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そんな中、私が大好きなアルパカにも思いがけず出会うことができました。柵のそばまで寄ってきてくれて接写することもできました。潤んだ目がとても可愛かったです。

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思いがけない憧れの動物との出会いもあって、気分良くお正月を迎えることができました。その翌日、私と妻は三島を後にして、修善寺温泉に向かいました。(続く)

先日、妻の実家に帰省の折、三嶋大社に初詣に行きました。正月三が日を過ぎた4日の金曜日に行ったのですが、予想以上の混雑ぶりで、大社周辺の道路も大渋滞でした。ここ数年、三嶋大社には、妻・義母・姪と私の4人で初詣に行くのが習慣となっていて、人混みの中、大社の主祭神である大山祇命(おおやまずみのみこと)八重事代主神(やえことしろぬしのかみ)に御参りをしてきました。

今回も参拝後は、皆でお御籤を引いたり、御守りを授かったりしました(ちなみに、御守りを「買う」というのは間違った言い方で、「授かる」というのが正しい表現ですね…)。姪っ子は例年通り、境内の出店で静岡名物の麩菓子「さくら棒」を買っておりました。

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以前の記事でも少し触れたことがありますが、昨年の春、とある人から神社に関連する諸々の話しを伺う機会があり(=私が神社の勉強を始めようと思うきっかけとなった人です)、その際、三嶋大社を参拝する折に、大社から少し離れたある場所(2か所)を併せて訪問すると、参拝の効果が高まるので是非訪れてみるように、とアドバイスされました。そんな事もあって今年は、三嶋大社の参拝を済ませた後に、その場所に向かうことにしました。

①白滝公園の祠
三嶋大社から三島駅に向かう道すがら、水辺の小道があり、その途中に白滝公園という公園があります。その公園の一画に、小さな祠が建っています。私もかつて三島に住んでいた時、何度となくこの公園を訪れる機会があったのですが、その祠の存在は全く意識したことがありませんでした。それくらい小さく、目立たない存在です。この祠のすぐ下はゴツゴツとした岩場になっており、そこから地下水が滔々と湧き出して川に流れ込んでいます。この場所は遠い昔、三嶋大社と同様、この地の住民から霊験あらたかな場所として祀られていたそうなのですが、時代を経るに従ってその存在が忘れられてしまい、今では小さな祠が残るだけになってしまったそうです。

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②浅間神社
白滝公園のすぐそばに「浅間神社」という小さな神社があります。通りから少し奥まった場所にあるため、三島に住んでいる人でも、その神社の存在に気付かない人はかなり多いと思います。下の神社の来歴の写真にもある通り、ここはかつて三嶋大社の別宮、伊豆国の二宮として信仰を集めたそうですが、今はその面影はほとんどなく、私たちが訪問した際には境内に参拝者は一人もいなく、三嶋大社の喧騒ぶりとは本当に対照的でした。静かな境内で、心穏やかに改めて参拝しました。

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この浅間神社の社の左側に、ズングリとした大きな巨木が立っているのですが、実はこの樹の辺りから、かなりのエネルギーが出ているという話しを聞きました。昨年の夏に一度、浅間神社をお参りしてこの木の前に立ったのですが、雑草が生い茂ってヤブ蚊が多くかなり難儀したのですが、今回訪れてみるときれいに整備されており、皆で樹の周りに立ってパワーのお裾分けをしてもらいました。

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長く住んだことのある土地であっても、私たちの知り得ない来歴や由来がある、忘れられた場所が数多く残っている事を今回、改めて思い知った次第です。(続く)
いよいよ新年を迎えました。昨日は近所の鎮守神社に初詣に行ったのですが、今日も晴天で家の中に籠っているのが勿体なかったので、お正月ならではの「和の雰囲気」を求めて、妻と一緒に汐留駅近くにある浜離宮恩賜庭園に行ってきました。

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この浜離宮、江戸時代には「浜御殿」と呼ばれ、将軍家の鷹狩場に使用されていました。そんな歴史的な経緯もあって今日、新春イベントとして放鷹術の実演が行なわれるとの情報を聞きつけました。14時の開始時直前に浜離宮に到着した時には、すでに数千人以上の群衆が集まっていました。実際、演目が始まってからすぐ、獲物を求めて放たれた鷹が、何故か遠くに飛んで行ってしまいました。鷹匠の人が合図の笛をピーピー吹いても、鷹は何分たっても戻ってこず…。冬の午後、日が暮れるのが早いこともあって、私たちは早々に放鷹のイベント会場を後にして、浜離宮の広い庭園を見学に向かいました。

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今日、浜離宮を訪問したのには、実はもう1つ目的がありました。私の愛読誌「ムー」で毎月登場しているサイキックの小林世征(としまさ)さんが、2009年の記事で浜離宮庭園のパワースポットを紹介していました。小林さんは、地図の上に手をかざしてエネルギーを感じる場所(=パワースポット)を探し出す能力があり、東京都内の中でも特にエネルギーの高い場所の1つが浜離宮庭園だと確認したそうです。記事では、実際に小林さん本人が庭園に赴いて、広大な敷地内でも特に強いエネルギーが感じられる、3つのスポットを紹介していました。私はその記事を読んだ後に一度、浜離宮を訪れる機会があったのですが、記事で紹介されていた正確な地点を覚えておらず場所を確認できなかったため、今回は記事の載っている号を持参して、園内を巡りました。

浜離宮恩賜庭園 園内マップ

① 藤棚
庭園の南側に、園内で最も大きく眺望の良い「潮入の池」があります。その池の北側に小さな茶屋があるのですが、その茶屋の正面に藤棚があります。何とはない藤棚なのですが、この藤棚のとある場所が、まず第1のスポット、エネルギー的には小レベルだそうです。

実際に、その場所に手をかざしてみました。正直、ハッキリとした感覚は感じられなかったのですが、まずは最初が大事ということで、後ろの茶屋で休憩している人たちの目を若干気にしながら、妻と一緒にしばらく佇んでみました。ちなみに小林さんの見た過去のビジョンによると、かつての造園当時、この藤棚のあたりからエネルギーが出ていることを読み取った人(庭師)が、その存在を攪乱するために、あえて目の前に茶屋を作って人々の目を逸らせようとした、のだそうです。
灯台下暗し」とは、まさにこの事です。

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② 中島の御茶屋
藤棚の横にある「お伝い橋」を渡って「中島の御茶屋」へ。ここが第2のスポット、エネルギー的には中レベルだそうです。この茶屋でお茶を飲んで休憩するだけで、心身ともにパワーが補給できるとのこと。茶屋には、屋内と屋外の両方に席が用意されているのですが、屋内の座敷に座った方がパワーを充電しやすいそうです。茶屋の中からの眺望は本当に抜群です。今回は、和菓子とともに抹茶を一服。お正月ならではの雰囲気に浸ることができました。ここでは座っている時に、私は微弱な電気のような感覚を何度か感じました。一方、妻は「座敷に座っていたので足が痺れたっ」と冗談交じりに言っていましたが…。

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③ 観音堂・鐘楼堂跡
中島の御茶屋の西側にある橋を渡ると、木々に覆われてほとんど人気(ひとけ)ない一画があります。その中に「観音堂・鐘楼堂跡」という場所が残っています。今は、数段の階段と小さな立て看板しか残っておらず、ここを歩く人も、ほとんど気づかずに通り過ぎてしまうような場所です。実際、私たちも記事に掲載されていた写真を頼りに、ようやく見つけ出したほどでした(小さすぎて、上記の園内マップにも場所が明示されていません。「馬場跡」の右側の一画にあります)。
ここが第3のスポットなのですが、実はこの場所こそが、広大な庭園内でも最強のエネルギーを発している場所だそうです

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階段を上った少し先のとある場所から強いエネルギーが放出されているとのことで、そこで手をかざしてみたところ、明らかに暖かい感覚を覚えました。これは私だけでなく、一緒にいた妻も全く同じように、手のひらの暖かさを実感したそうで、これにはお互いビックリしてしまいました。

以上が、今日の浜離宮での体験です。小林さんの見た過去のビジョンによると、この場所はもともと磁場が良く、それを読み取った庭師がそれを元に庭園造りを行った、とのことです。そもそも日本庭園の造園法には、風水の思想が取り入れられていて、浜離宮の場合、庭園の四方をグルリと川で囲って、園内のエネルギーを外に漏らさない「砂環水抱(さかんすいほう)」という風水の大吉相が用いられているそうです。さらに言うと、江戸そのものも江戸城(現在の皇居)を中心に螺旋状に川(お濠)が巡らされていて、その川の終着点にあるのが東京湾に面した浜離宮であり、浜離宮は風水都市・江戸の要となる重要な地点だったそうです。

このような庭園の設計にまつわる裏話しは、園内にある庭園の来歴の看板を読んでも、どこにも明示されていません。ましてや庭園内のパワースポットの存在は論外の話し。私も、小林さんの記事を読まなければ、知り得ない話しでした。新年早々、浜離宮の持つエネルギーに触れたことで、今年一年、力強く乗り切って行けそうな気持ちになれました。