私は、旅行先の街にお城があると、その街の様子や雰囲気を体感するためにも、出来るだけ観に行くようにしています。今回の山陰旅行では、米子市内の米子城址、松江市内の松江城の二か所を訪ねてきましたので、その様子をお伝えしたいと思います。

旅行初日、米子市内の名所を散策した際、その途中で米子城址を見学しました。

米子城は1591年、戦国武将である吉川広家が築城を開始し、1601年に駿河国から伯耆国城主として米子に移った中村一忠により完成、名実共に山陰一の名城となったそうです。その後、お家の断絶などもあって、米子城は鳥取藩の家老荒尾氏の預かりとなり、270年間にわたり維持されたそうですが、明治維新の数年後に解体されたそうです。

中海に面する山の頂上、時間にして20分少々山道を上ると、かなり立派な生垣が見えてきます。“城址”と聞いていたので、かなり寂れた雰囲気なのかな…と勝手に想像していたので、ここまで立派なものが残っているとは予想外でした。

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そして石階段を上りきった場所に本丸跡があり、米子市を一望できる広場がありました。この城址が残る山の周囲には、さえぎるものが何一つないので、本当に360度、グルリと周囲を見渡すことができる絶景が広がっていました。米子城はかつて五重の天守閣を有していたそうで、今よりもさらに高い場所からの眺めは、それは格別だったことでしょう。

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次は旅行3日目、松江市を観光しました。先日の記事でも書いたように、松江市を訪れるのは今回で3回目となります。過去2回とも、松江城に行きましたが、今回もこりずに登城してきました。これまでの各地の旅の思い出を振り返ると、私が訪ねた日本国内の城のうち、同じ城に三度登るというのは、今回が初めての経験です。これも何かの縁かもしれません…。

松江城

松江城の歴史は上記サイトに詳しく説明されていますが、230年の長い治世もあって、やはり松江のお殿様というと松平氏、特に7代藩主で有名な松平不昧(ふまい)公が、真っ先に思い浮かびます。

ちょっと遅れ気味ですが私は今、NHKで再放送されている「へうげもの」を毎週見ています。千利休に師事した大名茶人、古田織部を主人公としたアニメですが、これをきっかけに茶の歴史や茶器などにも最近、興味が出てきました。茶に湯に関連する本などを読んでいると、その歴史の中で江戸時代後期、不昧流という武家茶道を作り上げた人物として、松平不昧公の名前が出てきます。茶の湯の歴史も、相当奥が深いです。私も将来は、お茶をたしなむような文化人になりたいものです…。

(話しを戻して)いよいよ松江城に到着、黒色の外観で荘重な雰囲気が漂うお城です。千鳥が羽根を広げたように見える入母屋破風の屋根が見事なことから、別名「千鳥城」とも呼ばれます。何度見ても美しいお城です。

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あまり時間に余裕がなかったので、城内各階の展示物の見学はそこそこに、一気に天守閣を登りました。(以前に登った時の記憶が定かではなかったのですが)天守閣の最上階は望楼式で、屋内から眼下の街並みを眺めました。やはり、廻り縁(最上階を取り巻く張出しの縁側)が無いのは、少々物足りなさを感じましたが。当日は雨が降ったり止んだりの天気だったのですが、登城した時にはかなり遠くまで見渡すことができ、特に南の方向に広がる宍道湖の眺めは格別でした。

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ひと通り城内を見学した後、松江城のすぐ側にある松江歴史館に立ち寄りました。

松江歴史館

以前、松江に来た際にはまだこの施設はなかったので、今回が初めての見学となります。松江の歴史に関わる資料が数多く展示されていて、とても参考になりました。松平不昧に関連する展示物もありました(こちらの常設展示は写真撮影OKでした)

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実際に松江城を訪ねた時にはすっかり忘れていたのですが、そういえば以前、テレビの紀行番組で、「松江では夏に盆踊りが行われない、そのわけは…」というエピソードが紹介されていたことを思い出しました。

松江城築城の際、何度工事をしても崩れてしまう石垣があったそうで、ある夏、盆踊りで踊っていた美しい娘がさらわれ、その石垣の場所に人柱として生き埋めにされたそうです。石垣は崩れなくなったものの、城が完成してからというもの、娘たちが盆踊りを踊るとお城全体が揺れ動くようになり、城下では盆踊りの禁止令が出された、というものです。

このエピソードは、小泉八雲が著書に書き留めているそうです。ネットで調べてみると、確かに松江では盆踊りの風習がないらしく、他県に引っ越して初めて盆踊りを知ったという人の話しも見かけました。昔からの風習の裏に怪異談あり…、小泉八雲が暮らした街を象徴するかのような話しです。
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