先月はブログの更新が滞ってしまったため、だいぶ日が経ってしまったのですが、今回は2月末に目黒区駒場にある旧前田侯爵邸を訪問した時の様子をお伝えします。

大学生の頃に一度、友人たちと一緒に見学した思い出があるのですが、詳細な記憶が残っていなかったこともあり、今回はしっかりと隅々まで見学してきました。加賀藩前田家の第16代当主・前田利為(としなり)の本邸として1929年(昭和4年)に建てられた建物です。この建物を巡る歴史については、以下のサイトに詳細が紹介されています。

旧前田侯爵邸(東京都生涯学習情報)

数年前、妻と一緒に初めて金沢を旅行し、加賀百万石・前田家の伝統が今なお色濃く残る歴史的な城下町の空気を堪能してきました。その前田家の流れを汲む旧侯爵の邸宅ですので、普段の私たちの日常では体験できないような空間が広がっているはず…、建物を前にして改めて期待が高まります。

侯爵邸には洋館、それに付随する和館があります。まずは洋館の裏手にある和館から…。二階建ての純和風の建物で、公開されているのは一階部分となります。門をくぐり立派な玄関から入ると、大きな畳敷きの広間が2つあります。天井のランプが西洋風で、和洋折衷な趣があります。

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広間に面して縁側があり、そこから手入れの行き届いた日本庭園を眺めることができます。縁側の真正面には、金沢の兼六園で有名な冬の風物詩「雪吊るし」が施してありました。見る人に金沢の風景を思い起こさせてくれる、何とも粋な計らいです。

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和館を後にして、次はいよいよ洋館へ。駒場の田園の野趣にあわせた、イギリスのチューダー様式の流れを汲む建築様式を特徴とした洋館です。

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アーチ状の玄関から館内に入ると、赤絨毯が敷き詰められた重厚な雰囲気のエントランスホールが目に飛び込んできます。その脇には日の光に照らされた、明るい雰囲気の応接室・サロン室があります。

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先に進むと、建物の一番奥に位置する旧大食堂に入ります。部屋の中央にある巨大なマントルピースが印象的です(実はこの洋館では建築当初からスチーム暖房を利用していたそうで、マントルピースは装飾なのだそうです…)。そして大食堂の出窓にはめ込まれた窓、格子の部分が斜めにカットされていて、まるでプリズムのように見えます。ちょうど屋外に桃の花が咲いていて、何とも美しい光景を楽しむことができました。

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赤絨毯のエントランスホールに戻り、次は豪奢な装飾が施された階段を上って2階へ。階段横の壁面に飾られた黄色いステンドグラスが、ひと際美しく輝いていました。

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2階は侯爵一家のプライベートルームが並びます。
まず、こちらが侯爵夫妻の旧寝室。昔のベッドはこんな形をしていたのですね…。

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次は旧夫人室。女性の部屋だけあって白を基調としていて、装飾の施された大きな鏡が特徴的です。かつて邸内で頻繁に開かれた晩餐会への身支度を、夫人はこの部屋でしていたのでしょう…。部屋の外にはバルコニーがあり、眼下には広場が見えます。

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次は旧書斎。書斎らしく何とも落ち着いた雰囲気の部屋です。ちなみに建設当初、邸内には電話交換機が置かれ、そのうちの一回線が、この旧書斎内に引き込まれていたそうです。当時としては最先端のツールだったことでしょう。

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多い時には何と150人(!)もの使用人が邸宅内で働いていたそうで、彼らが使用していた部屋も数多く残されていました。現在のお金持ちとは段違いのスケールの大きさです。


邸内の見学の様子は以上の通りです。今回の訪問に当っては、以前、NHKで放送された「美の壺・華族の邸宅」という番組を録画していたのをもう一度見直し、事前に予習をした上で訪問しました。

NHK 美の壺 華族の邸宅

番組では現前田家当主(第18代)の前田利祐(としやす)さんが、幼少の頃に実際に住んでいた当時の思い出を振り返りながら、邸内を色々と案内します。建物を眺めるだけでは知ることのできない、様々なエピソードが紹介され、とても興味深かったです。話しはかなり脱線しますが、現当主の前田利祐さんのことをネットで調べていると、ウィキペディアで詳しいプロフィールが紹介されていました。

前田利祐(wikipedia)

現徳川宗家・第18代当主の徳川恒孝(つねなり)さんと、かつて同じ職場で働き先輩後輩の間柄だったとは…。上記のウィキペディアに紹介されている当時の上司のコメント、何とも面白いエピソードです。

徳川恒孝さんの方はNHKの番組などで、これまで何度も目にする機会がありました。
先日もNHK・Eテレ「日曜美術館」の「天下人と天才たちの器~茶道具 超名品!驚きの美~」という番組で、ちらっと出演されていました。信長・秀吉・家康という天下人たちの手を渡り、以後、徳川宗家が代々継承してきた唐物肩衝茶入初花」を、古美術鑑定家・中島誠之助さんが鑑賞しに行くという件で登場します。
ちなみに初花は「へうげもの」の物語中にも登場した名器ですね…。

NHK 日曜美術館 天下人と天才たちの器

今まで知らなかったのですが今回、徳川恒孝さんの事もウィキペディアで調べてみたところ…

徳川恒孝(wikipedia)

元々は会津松平家の出身で、23歳の時、徳川宗家(第17代家正)の死去に伴い養子に入ったとのこと。…ということは、現在NHKで放送されている大河ドラマ「八重の桜」で一躍、脚光を浴びている幕末の会津藩主・松平容保(かたもり)の血筋を引く方に当たります。そういう繋がりがあったとは…今まで本当に不勉強でした。

洋館訪問の本題から派生して、今回も色々な事実を知ることができました。徳川家・前田家に代表される大大名家・華族の栄華は今もなお、様々な面で輝き続けている事を改めて実感しました。


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