日本人の春の風物詩といえば「お花見」ですね。
今年は例年より桜の開花時期がかなり早く、お花見のタイミングを逸してしまった方も多いかと思いますが、満開となる少し前の3月後半、東京文京区にある小石川後楽園に足を運び、日本庭園と桜の風景を鑑賞してきました。小石川後楽園へは十数年ぶりの訪問で、こちらでお花見をするのは初めての体験となります。

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小石川後楽園(園内マップ)

上記のサイトでも詳しい来歴が紹介されていますが、この庭園は江戸時代の初期、水戸徳川家の祖である
徳川頼房(よりふさ)が江戸の上屋敷の庭として造ったもので、二代藩主の徳川光圀の代に完成したものです。当時、日本に亡命していた明の儒学者・朱舜水(しゅしゅんすい)を登用した光圀は、彼の意見を取り入れて中国趣味を反映した庭園を造り上げたそうです。ちなみに「後楽園」という庭園の名称も、朱舜水の進言によるものだそうです。

朱舜水…。日本史上ではかなりマイナーな人物ですが、私にとってはある事をきっかけに知ることとなった、思い出に残る人物です。

20年以上前の大学時代のこと、歴史好きな親友に連れられて茨城県を旅行し、水戸徳川家に由来のある名所、常陸太田にある西山荘や、水戸にある偕楽園、弘道館などを色々と見学しました。そんな旅の途中、友人の案内で入った中華料理屋さんで「水戸藩ラーメン」なるものを初めて食べました。その際に友人から、「光圀に招かれていた学者の朱舜水が中華麺=ラーメンを紹介し、日本で初めてそのラーメンを食べたのが光圀だった」と教えてもらいました。

「水戸藩ラーメン」は、そのレシピに基づいて再現されたラーメンで、スープはアッサリ、ちぢれ麺とは違う独特な麺で、クコの実が乗った、確かに普通のラーメンとは微妙に異なる、初体験のラーメンでした。そんなきっかけもあって、朱舜水という人物の名前を知ることとなりました。水戸藩ラーメンについては、以下のサイトで詳しく紹介されています。

水戸藩ら~めん(水戸観光協会)
ちなみに私と友人が入ったお店は「鈴龍」さんです。

おっと…前段がグルメレポートになってしまいました。ここからが本題、当日の様子を紹介しましょう。
入口を過ぎると早速、正面に桜の樹が見えてきます。こちらはまだ五~六分咲きといった感じでした。庭園の遠方の樹々の上には、東京ドームの巨大な白い屋根が見えます。

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少し離れた場所には、園内で一番大きいと枝垂桜の巨木があり、こちらはほぼ満開に近い状態でした。見事な枝振りに圧倒されました…。

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園内は桜以外にも見所が満載です。園内の中央にある大泉水という池をグルリと回遊する形で、日本や中国の名所を見立てた鑑賞ポイントが数多く点在します。当日は園内の見所をひと通り見て廻りましたが、ここでは代表的なスポットをいくつか挙げておきます。

桜の巨木の横にある池と、そこに掛かる小さな橋。こちらの2つは、京都嵐山の下を流れる「大堰川(おおいがわ)」と、そこに掛かる名所「渡月橋」を見立てたものです。

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「渡月橋」を挟んだ反対側の池には、中国の名勝地を模した「西湖の堤」があります。

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小高い丘の上には、かつて京都清水寺を模した観音堂(清水観音堂)がありましたが、関東大震災で焼失したそうです。

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緑の中にある、朱塗りの美しい太鼓橋、京都東福寺の「通天橋」を見立てたものですね。

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園内でも特に有名な見所の一つ「円月橋」です。朱舜水の設計と指導により造られたそうです。のちに徳川吉宗が、江戸城内の庭に同じ橋を模して造ろうとしたものの結局、完成できなかったそうです。

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園内の中央を占める広大な池(大泉水)と、そこに浮かぶ蓬莱島(ほうらいじま)。島は亀の形をしていて、島の先端にある大きな黒い鏡石は庭師・徳大寺佐兵衛にちなんで「徳大寺石」と呼ばれます。

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かつて使用されていた小石川後楽園の正門です。東京ドームのすぐ横に位置する立派な門ですが、現在は使用されておらず閉鎖中です。

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ぐるりと園内を一周巡って再度、最初に見学した枝垂桜の周囲の様子をくまなく眺めると、かなり控え目気味に、少々変わった形をした石が2か所、置かれているのに気づきます。通常、園内の見所には必ず来歴を紹介した案内板が立っているのですが、これらの石には「陰石」「陽石」という名前のみが表示された小さな案内板しかなく、見過ごしてしまう人がほとんどです。

実は、陰石が女性器陽石が男性器の形を象徴しているらしく、写真を見てもらえば分かりますが(上が陰石、下が陽石)、確かにそのような形をしているのが分かります。かつて光圀は、その類の像を取り締まり、製造者や所持者を厳しく処罰したそうで、何故にそうした石像が庭園内、しかも入口付近に置かれているのか、理由がはっきりしないそうです。何とも不思議な話しですね…。

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庭園の鑑賞の様子は以上の通りですが、実のところ、お花見を楽しむ以外にもう1つ、大きな目的があって今回の訪問となりました。1月の記事で紹介した浜離宮庭園の時と同様、サイキックの小林世征さんが、この小石川後楽園のとある場所(2か所)にパワースポットが存在している、という記事が2010年の「ムー」で掲載されていました。実際にその場所にたたずんでみると、確かに足元からピリピリとした感覚がかすかに伝わってきました。

記事で紹介されていた具体的な場所をここで明示するのは控えますが、その場所で撮影した写真を挙げておきますので、関心のある方は実際に足を運んで探してみて下さい。かなり分かりにくいですが、あしからず…。

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小石川後楽園は、朱舜水という当時の最先端の知識・技術力を持ったプロデューサーなくしては完成し得なかった庭園であり、そのため、他の大名庭園には見られない数多くの特徴が残されていることを知りました。
晴天の下でお花見を楽しみつつ今回、20数年前に食したラーメンの思い出とともに、朱舜水という人物の凄さを改めて感じた次第です。


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