内藤多仲博士記念館を後にして向かった先は、若松河田町駅のすぐ近くにある小笠原伯爵邸です。
以前から噂に聞いていた歴史的な建物で、機会があれば一度訪れてみたいと思っていた憧れの場所です。

小笠原伯爵邸

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伯爵邸は現在、スペイン料理の専門店として利用され、ミシュランガイドで毎年を獲得するほどの高級レストランとして知られています。通常、食事の利用者でないと入館できないのですが、先月、たまたま同店のHPを覗いていたところ「小笠原伯爵邸内公開日のご案内」のお知らせが…。このチャンスを逃す手はない!ということで、すぐに申込み手続きをして今回、念願叶っての初訪問となりました。

上記のサイト内でも紹介されていますが、この建物は小笠原家第30代当主の小笠原長幹(ながよし)伯爵の本邸として造られました。小笠原家といえば豊前小倉藩主、この邸宅の敷地もかつて小倉藩の下屋敷があった場所だそうです。小倉といえば十年以上前に一度、訪問したことがありますが、数か月前、私が毎週観ているBS朝日「城下町へ行こう」で小倉の城下町が放送されていました。

歴史発見・城下町へ行こう 小倉の城下町(BS朝日)

番組では、江戸時代初期より小倉藩を治めた初代藩主、小笠原忠真(たたざね)のエピソードが紹介されていました。忠真は、父方の曽祖父が徳川家康母方の曽祖父が織田信長という生粋の血筋で、九州探題の任を受けて西国の外様大名の監視を行い、幕府公認の大型軍用船を保有して小笠原水軍を指揮した強者だったそうです。

それから番組では、小笠原家に伝わる「小笠原礼法」が紹介されていました。それまで私自身、礼法の事についてはほとんど知識がなかったのですが、日本人の生活に根付いているさまざまな所作・作法・マナーの中に、小笠原流礼法の影響があることを知りました。例えば、日本の道路が左側通行なのは、小笠原流礼法の影響によるものだそうで(=左側の腰に差した刀が、道ですれ違い様にぶつからないように左側を歩く)、礼法の奥深さの一端を知ることができました。

小笠原流礼法

伯爵邸の設計を担当したのは曽禰中條建築事務所で、昭和2年(1927年)の竣工。曽根中條事務所といえば港区三田の慶応義塾大学図書館が有名ですね(ちなみに図書館内には、小川三知のステンドグラスがあります)。曽禰中條事務所は、曽禰達蔵と中條精一郎の共同経営の事務所でしたが、色々と調べたところ、曽禰達蔵は小倉藩の分家にあたる唐津藩の出身だそうです。そんな繋がりもあって、邸宅の設計を担当したのでしょうか…。

建物は当時流行したというスパニッシュ様式を特徴としています。戦後、邸宅はさまざまな用途に利用され、一時は解体の危機に瀕したものの大規模な修復工事を経て、かつての伯爵家の栄華が再現された非常に稀有な建物です。


前段が少々長くなりましたが、それでは邸宅の様子をお伝えしましょう。
正面玄関の真上には、テラコッタの装飾と、ブドウ棚をデザインしたガラス製のキャノピーがあります。曲線が美しい装飾的な意匠です。入口の脇では、鳥をかたどった植木がお出迎えしてくれます。何ともユーモラスです。

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エントランスの扉上部にも鉄製の装飾が施されており、鳥カゴに入った小鳥がデザインされています。邸
内には随所に小鳥のモチーフがあり、別名「小鳥の館」とも呼ばれていたそうです。

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玄関ホールに入ると、天井にある美しいステンドグラスが目に飛び込んできます。青空を飛翔する鳥の群れの姿、遠近法を用いた珍しい構図となっています。これが小川三知がデザインしたステンドグラスです。かつて邸宅内で撮影したステンドグラスの写真を参考に、イタリアで忠実に復元製作されたものだそうです。この作品に込められた様々な人たちの思いが伝わってきます。

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玄関ホールの受付で、邸内の詳しい説明が記載されたパンフレットをもらった後、まず最初に入った部屋は、かつての伯爵家の正餐用の食堂です。中央にある大テーブルは当時、伯爵家で実際に使用されていたもので、唯一現存する家具だそうです。何ともシックな落ち着いた空間です。

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食堂の隣には、かつて応接間として利用された部屋があります。家具や照明器具をヨーロッパから取り寄せ、当時のままに再現されているそうです。私も含めて見学者の多くが、この部屋のソファに座ってくつろいでいました。自然とそんな気分にさせてくれる、何とも優雅な空間でした。

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この部屋の窓の一画には、小川三知がデザインしたもう1つのステンドグラスが残っています。こちらは、小花を吹き寄せたような可憐なデザインで、白を基調とした明るい部屋の雰囲気にピッタリの作品です。窓の手前には、さりげなく小川三知の本が置かれていました。何とも粋な計らいです。

「日本のステンドグラス 小川三知の世界」

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応接間の更に奥に進むと、この邸宅の一番の見所とも言われるシガールーム(喫煙室)があります。
この部屋だけは、まさに“別世界”といった印象でした
床・天井・扉・壁面・調度品に至るまで、イスラム風のデザインが散りばめられています。ヨーロッパで愛用された煙草や葉巻がトルコやエジプトから入ってきたことから、当時の西洋館の喫煙室はイスラム風に造るのが習わしで、紫煙が漂う中、男性のみが語らう憩いの場所だったそうです。私は煙草は吸いませんが、この場所にいると何故だか葉巻を手にしたい気持ちになりました…。

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現在、レストランのテラス席として利用されている空間は、かつてはベランダだったそうです。庭に面した眺めの良いスペースで、ごく身内で食事をする時にも利用された場所だそうです。テラス席の横には、レストランのメインルームが広がっています。

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1階の主な部屋を見学し終え、次に2階に上ろうとしたところ、邸内の奥まった場所に、赤い2つの扉があるのに気づきました(勿論、立ち入りは禁止です)。こちらのお部屋で小笠原流礼法の授業が行なわれているそうです。上で紹介した小笠原流礼法のHPでも紹介されていますが、敬承斎さんは女性初の宗家なのだそうです。見目麗しい方のようですね…。

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階段を上がって2階へ向かいましたが、まだまだ見所が盛り沢山のため、続きは次回ということで…。
(続く)

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