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前回の記事でも触れたように、東京国立博物館「大神社展」を見学した当日、上野公園の周辺に点在する東叡山寛永寺天海僧正にまつわる名所を、じっくりと時間をかけて見て廻りました。

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詳しい地図はコチラ→ 上野の杜の散策図(東叡山寛永寺)

上野の山一帯は、かつて寛永寺の敷地だったということは以前から知っていましたが、昨年10月、実際に公園内の史跡・名所をいくつか見学したところ、ほとんどの場所に天海僧正が深く関わっていた事を知りました。

それとほぼ同じタイミングで、上野寛永寺を取り上げたテレビの番組をたまたま見たのですが、天海僧正が上野に寛永寺を創建した際、江戸の民衆が気軽に参拝できるよう、天台宗の総本山、比叡山延暦寺の周辺にある近江(滋賀)や京都にある名所を上野の山に再現して、滅多に旅行に行けない江戸庶民が観光気分を体験できるよう様々な計画を立てた、という説明がありました。

その番組では、“見立て”という言葉がキーワードとして使われていたのですが、そうした見立てを踏まえた上で実際に公園の史跡を見学すると俄然、面白みが倍増します。

ちなみに天海僧正についてですが、私が今まで知っていた天海僧正に関する知識といえば…
江戸時代初めに徳川家に仕えた僧で、日光東照宮の建築に携わっていたこと。100歳を超える超長寿の人で、出自に不明な点が多いため、本能寺の変で織田信長を討った明智光秀と同一人物だったという説があるといった程度でした。いずれにせよ、何やら色々と謎が多い人物という点でも、とても興味が惹かれたこともあり、天海ゆかりの史跡やお寺なども今回、初めて見てきました。



天海僧正毛髪塔
まず最初に向かったのは、上野公園の中でも多分、ほとんど知られていない場所です。
上野公園の象徴、西郷隆盛像を少し進んだ先、上野の森美術館の目の前に、天海僧正にまつわる史跡がひっそりと佇んでいます。この場所にはかつて、寛永寺の子院・本覚寺があったそうです。

下の写真を見てわかるように、一見するとお墓のように見えますが、実際は供養塔(天海の弟子の晃海が建立したもの)で、のちに天海の毛髪が収められたそうです。天海僧正の実際のお墓は、日光山輪王寺にお祀りされています。当日、寛永寺に関連する場所を色々と見て廻る予定でしたので、まず最初に天海僧正の前で手を合わせ、ご挨拶を済ませました。

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寛永寺 清水観音堂
毛髪塔から歩いてすぐの場所に、朱色の外観が美しい清水観音堂があります。“観音堂”の名前の通り、ご本尊は比叡山の恵心僧都(えしんそうず)の作といわれる千手観音菩薩、秘仏だそうです。

こちらの観音堂は、京都東山の清水寺の舞台造りを見立てて建立されたそうです。確かに本堂の目の前には、赤い欄干に囲われた広い板敷の床があり、「清水の舞台」を彷彿とさせます。現在は、木々がかなり成長して遠くを見渡すことができませんが、かつてはこの舞台から不忍池を一望できたそうです。さぞかし良い眺めだったことでしょう。

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舞台の目の前の斜面に、枝がグルリを輪を描いたような、とても変わった形の松が植えられていました。これは江戸時代、歌川広重の「名所江戸百景」の中で描かれた「月の松」を現在に復活させた松で、今年1月にお披露目されたそうです。他ではお目に掛かれない何とも珍しい光景です。

歌川広重名所江戸百景 上野山内月のまつ(アダチ版画)

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不忍池弁財天
清水観音堂の横にある坂道をそのまま真っすぐ下っていくと、開放的な風景が広がる不忍池に出ます。当日はまだ遅咲きの桜が残っていて、美しい景色を堪能できました。

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さらに進むと、池の中央に大きな弁財天があります。天海僧正はかつて、ここ不忍池を比叡山の東に広がる琵琶湖に見立て、さらに池の中に人口の島を築かせて琵琶湖の竹生島(ちくぶしま)に見立てて、不忍池弁天堂を建立したそうです。

私はまだ一度も見に行ったことがないのですが、こちらの弁財天は金運アップが大いに期待できる、毎年9月に開催される「巳成金(みなるかね)大祭」がとても有名ですね。弁財天といえば芸能の神様、楽器の琵琶を手にしている姿が定番です。そんなこともあり、観音堂の前には巨大な琵琶の像が置かれていました。

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この場所には大正時代、弁天堂の目の前に天竜門という門が造られたそうです。以前からこのブログの記事の中で、異形の建築家で“妖怪博士”とも呼ばれた伊東忠太について何度も触れてきましたが、昨年発売された『東京人』12月号の伊東忠太の特集記事の中で、伊東自身が自らの設計した建築物の中で、最も気に入っていたものが天竜門だったという話しが紹介されていました

戦時中の空襲で弁天堂・天竜門ともに消失し、弁天堂は戦後に再建されましたが、天竜門は幻の遺構となってしまいました。実は『東京人』の記事中に、戦前に撮影された天竜門の貴重な写真が掲載されていました。先日の記事で紹介した大倉集古館の外観と、どことなく似ています。

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上野大仏
再び上野公園に戻って次に向かったのは、公園内の小高い丘の上にある上野大仏です。この大仏、意外にも存在自体を知らない人が結構多いようです。

かつての像は高さ約6m、釈迦如来坐像でした。度重なる罹災によって損壊し、現在では関東大震災時に落下した顔面部だけが、レリーフとして残っています。その横には、かつての大仏を撮影した写真が飾られています。「もうこれ以上落ちない」ということから、最近は「合格大仏」として親しまれているそうで、参拝客が残していった合格絵馬が所狭しと掛けられていました。

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この大仏は元々、越後村上藩主の堀氏が戦死者の慰霊のために、1630年代に建立したのが始まりなのだそうですが、実はこの大仏も、当時の京都の一大名所に見立てて建立された、という事実を知りました。今となっては想像もつきませんが、江戸時代初め、京都の方広寺(ほうこうじ)に、奈良・東大寺の大仏を遙かに凌ぐ巨大な大仏が建立されました。

私たちが真っ先にイメージする奈良の大仏ですが、当時は戦国時代の兵火の影響で大仏の頭部は破損し、大仏殿も完全に消失してしまい、18世紀初めに大規模な補修・修築が完了するまでの間、大仏は野ざらし状態だったそうです。したがって、江戸時代初めの日本人にとって「大仏」といえば、奈良の朽ち果てた大仏ではなく、京都に新たに造営された巨大な大仏を指すのが一般的だったそうです。その京都・方広寺の大仏を見立てて造られたのが、上野大仏だったのだそうです。う~ん、色々と勉強になります。


上野東照宮
次に向かったのは「上野東照宮」です。東照宮とは、徳川家康公(東照大権現)を神様として祀る神社のことで、日光東照宮や静岡の久能山東照宮は特に有名ですね。徳川家ゆかりの上野寛永寺内にも東照宮が建立されましたが、戦後の神仏分離令によって寛永寺から独立、現在に至るそうです。残念ながら現在、社殿は改築中で中の様子をうかがい知ることはできませんが、それにしても参道の入り口から続く石灯篭、それに参道奥に並ぶ銅灯篭がどれもかなり大きく、何とも壮観な風景です。

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この上野東照宮には何回か参拝に来たことがあったのですが、境内を囲う柵の向こう側の木々の間からチラチラと見える五重塔を、今まで間近で見学したことが一度もありませんでした。

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見学者が立ち入れない境内の敷地にでも建っているのだろう…と、これまで勝手に思い込んでいたのですが、柵のあたりを歩いていたところ、五重塔は寛永寺に隣接する上野動物園が管理していて、入場料を払って動物園に入れば五重塔を近くで見学できる、といった内容の看板が掛かっていました。恥ずかしながら、まったく全く不覚でした。とりもなおさず、上野動物園の入場ゲートに直行したわけですが、ここから先は長くなりますので、続きは次回ということで…。

(続く)

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