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(前回の続き)

寛永寺 五重塔
さて、寛永寺五重塔を近い場所からじっくり眺めるため、上野動物園の入場ゲートで600円を支払い、まっすぐ塔に向かいました。この五重塔は上野東照宮の造営時、佐倉城主の土井氏の寄進により建立されましたが、1639年に花見客の失火により焼失、その時に再建されたものが現在に残っています。

塔の高さは36m、第1~4層の屋根は瓦ぶき、最上部(第5層)の屋根のみが銅板ぶきで、第一層には釈迦・薬師・阿弥陀・弥勒の四方四仏(しほうしぶつ)が祀られています。また、第1層の壁面(東西南北の4つの面)には十二支の動物の像が施されています。実際に塔を間近で眺めてみると、とても保存状態が良く、細かい装飾も各所に施されていて、予想以上に立派で美しい塔でした。

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ちなみ、五重塔の四方には小さな堀が巡らされていて、塔を近くから眺めたい人は、堀の外側の遊歩道から見学することになります。そんな見学者が立ち入れない堀の内側に、白鳥が佇んでいました。何とも、動物園らしい光景です。

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五重塔を見学した後、これから他にもまだ見学予定の箇所が沢山あり、ほとんど時間に余裕が無かったのですが、せっかく入場料を払って動物園に入ったので、入場ゲート近くのパンダ舎にだけ寄ってきました。パンダは背中を向けてお昼寝中でした。

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上野公園 噴水広場
次に上野公園の中心部、噴水広場に向かいました。当日は日本各地の物産展のイベントが開催されていて、かなり賑わっていました。タイミング良く、ちょうど猿回しの演目が行なわれていました。

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この広場には江戸時代、第5代徳川綱吉の頃から幕末の上野戦争まで、東叡山寛永寺の中心部にあたる根本中堂(総本堂)の大伽藍がありました。建物の高さは30m以上、間口と奥行は40m以上で、江戸随一の巨大建造物でした。そこに祀られた御本尊は、天台宗の宗祖、伝教大師 最澄の作とされる薬師瑠璃光如来像で、こちらは後ほど紹介する現在の寛永寺に、秘仏として安置されているそうです。噴水広場の先にある東京国立博物館の敷地には、かつて寛永寺の本坊(住職が住む建物)が建立されていました。

公園広場の何気ない風景の中、ふと足を止めて、江戸当時の荘厳な光景に思いを馳せました。


寛永寺 開山堂(両大師堂)
次に向かったのは開山堂、今回が初めての見学となります。噴水広場のすぐ近くに位置するお寺ですが、先ほどの人混みの喧騒とは対照的に参拝者はおらず、とても静かな雰囲気の中で時間を過ごすことができました。ここは、東叡山寛永寺を開いた天海僧正、慈眼大師(じげんだいし)をお祀りしているお堂です。天海僧正が尊崇していた良源僧正慈惠大師(じえいだいし)も一緒にお祀りしていることから、一般に両大師と呼ばれています。

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正門の脇に、天海僧正・良源僧正に関する詳しい説明文が掲げられています。良源僧正については殆ど知識がなかったのですが「厄除け大師」として信仰を集めたそうで、自分に憑りついた疫病神の姿をお札に写して人々に配ったところ皆、病気が治ったという逸話が紹介されていました。こちらが角大師と呼ばれる魔物の姿だそうです。

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境内を入ると、手入れの行き届いた庭園が広がり、すぐ右手に阿弥陀堂があります。堂の中には奥に阿弥陀如来、左に地蔵菩薩、右に虚空蔵菩薩が祀られています。また境内には、先ほど上野東照宮で見たのと同じような、かなり立派な銅灯篭がいくつも配置されていて、寺の格式を感じました。

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こちらが本堂(内部の撮影はNG)、静かな堂内で参拝を済ませました。

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堂内にあるお守り売り場に立ち寄り、そこに並ぶ品々を何気なく眺めていたところ、意外なものを発見!それは「教育まんが・天海さま」という漫画冊子で、天海僧正にまつわる様々なエピソードを漫画で分かりやすく紹介した子供向けの冊子です。子供向けとはいえ、天海僧正を知る上でかなり参考になりそうな内容だったので、迷わず購入しました。私が生まれる以前、昭和30年代頃(?)に描かれたような印象で、今どきの書店ではお目にかかれないような代物です。いまだに、こうした漫画を提供している開山堂の姿勢に、何故だかとても好感を覚えました。こちらがその冊子です。

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寛永寺 根本中堂
最後に向かったのは、現在の東叡山寛永寺・根本中堂です。こちらも今回が初めての訪問となります。江戸時代に威容を誇った寛永寺・根本中堂が、上野戦争で跡形もなく焼失した後、明治12年、川越喜多院の「本地堂」を移築して再建されたのが、現在の御堂です。こちらにも遅咲き桜が咲いていました。今日の散策を通じて色々と見聞を広めることができ、充実した時間を過ごせたことを、御堂を前で手を合わせて天海僧正にご挨拶しました。

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境内には他にも、黄檗宗の僧(了扇禅師)の像、絵画の写生に使われた虫類の霊を供養する蟲塚(むしづか)、尾形乾山の墓碑・顕彰碑など、何とも意外な史跡が数多く点在していました。

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NHKの大河ドラマ「篤姫」のファンだった私としては、天璋院が祀られている寛永寺の徳川歴代将軍霊廟を参拝したかったわけですが、以前の記事で紹介したもう1つの徳川家の菩提寺、芝・増上寺と同じく、徳川家霊廟の見学は通常できないため、根本中堂の前でご挨拶をさせて頂きました。ちなみに寛永寺のHPを見ると、5人以上の団体で事前申込みすれば見学可能だそうです。誰か一緒に行ってくれないかな…。

川越喜多院といえば、もともと天海僧正が住職をつとめた関東天台宗の総本山、上野寛永寺や徳川将軍家とも密接なつながりがあった由緒ある寺院ですね。10年以上前に一度、喜多院に行ったことがあるのですが、あまり時間をかけずに観光気分でサラッと見学したこともあり、ほとんど記憶に残っていない状況です。機会があれば改めて川越喜多院に、そして天海僧正の墓がある日光東照宮にも足を運んでみたいものです。

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上野公園周辺の散策の様子は以上の通りです。訪れる度に新しい発見がある不思議な場所、上野という街は本当に奥が深い土地です。

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